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甲府地方裁判所 昭和28年(ワ)143号 判決 1956年11月15日

原告 権代守衛 外一名

被告 児玉キヨコ 外一名

主文

被告児玉順之助は原告権代守衛に対し金拾万円、原告成島久に対し金弍拾万円及び右各金額に対する昭和二十八年七月五日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

原告の被告児玉キヨコに対する請求はこれを棄却する。

訴訟費用はこれを五分しその三を被告児玉順之助その余を原告等の負担とする。

この判決は第一項に限り原告権代守衛において金額弐万円、原告成島久において金額四万円の担保を供するときは仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は被告等は連帯して原告権代守衛に対し金拾万円、原告成島久に対し金弐拾万円及び右各金額に対する昭和二十八年七月五日以降完済に至るまで年五分の金員の支払をせよ。訴訟費用は被告等の連帯負担とする旨の判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求めその請求原因として原告権代は甲府市春日町十三番地所在木造杉皮葺平家建店舗兼居宅建坪八坪五合、原告成島久は同番地に木造板葺平家建居宅建坪六坪五合を所有していたところ右家屋は昭和二十八年五月五日被告児玉キヨコの使用人被告児玉順之助の重過失に因て惹き起した火災のため一物をも残さず灰燼に帰した。

しかして右被告順之助の重過失と認むべき事情は次のとおりである。

(1)  被告キヨコは同人方には別に台所があるに拘らず敢て被告順之助に命じた結果同被告は当日午後七時四十分頃被告キヨコ方西端部より西方僅か約三尺を隔つたに過ぎない地点において所謂へつつい(土製コンロ様のもの)で薪を使用し営業用米飯を炊いた、しかして薪の発火作用により火焔は周囲に尺余も噴出していたに拘らずその地点に土、石等により簡便容易に構築し得る防火壁若は炊さん用の穴を堀るなど防火措置を採らなかつた。

(2)  発火点は被告キヨコ方西端部の内庭地面の一部であるがこの五坪に過ぎない狭隘な場所の南部西部に建築の余材を五尺以上も堆積し(その面積は右庭の半分を占める)ており且つ可燃度の最も熾烈なかんな屑及びこれを充填した俵を散乱させたままであつた。しかしてかかる現場に接する居宅は木造板葺の建物であつたから一たん炊さんの火が周囲のかんな屑に引火せんか重大結果を引き起すべき状態にあつた。

(3)  右の如き危険な情況下にありながら被告順之助は十分な注意力を具備する成人をして自己に代つて監視させる等の危険防止の方途を講ずることなく擅にその場所を離れ附近のパチンコ屋で遊戯していた、この不在の間に薪の火がかんな屑に引火し十数分の瞬余の間に原告権代同成島所有の前記家屋を全焼せしめた。なを火元である被告キヨコ方はその二階の一部を焼失したに過ぎなかつた。

(4)  被告キヨコ方ではこの一年内に二度小火を起した。即ち同家のごみ箱より出火しその東向隣の功刀敬太郎がこれを消火したこと。同家より燃え盛るかんな屑が風で飛散し隣の篠原方より厳重な注意を受けた事実がある。

(5)  原告権代の居宅は被告キヨコ方より南方へ僅か一尺の路地を距て、存在し屋根は相互に交錯していたのみならず杉皮葺であつた又被告成島宅は矢張り被告キヨコ方の南方に在りしかもその間には路地すらもなかつた、その他右家屋の存在する場所は裏春日町通りと俗称され甲府市における最も殷賑な盛り場である関係上建物は文字どおり櫛比という密集振りである。

以上のような状況下において一般に炊さんのことに従事する場合には設備のある台所においてなすのが常識であり、これを戸外でなす場合には火災発生の虞がないよう万全の注意をなすべきであるに拘らず被告順之助は右注意義務を著しく欠いたことは明白であるから前記火災は同被告の重過失に基くものというに十分である。

被告キヨコは昭和二十七年頃から訴外小宮山某の妾となり同人の経済的援助及び監督のもとに居宅階下を改装して寿司等の米飯及び酒類提供の飲食業を始め女中二人及び被告順之助を使用して経営の衝に当つていた、故に被告キヨコの命により営業に供する米飯の炊さんに当つた被告順之助の行為は被告キヨコの業務の執行であり従つて被告順之助の重過失に因て生じた損害につき被告キヨコは雇主としてこれが賠償の責任を負わなければならない。

しかして右火災に因り原告権代は別紙<省略>第一目録記載、原告成島は同第二目録各記載の品目金額の物件を失い右と同額の損害を蒙つたので被告等に対し右の内原告権代は金拾万円原告成島は金弐拾万円及び右各金額に対する本件訴状到達の日の翌日である昭和二十八年七月五日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めるため本訴請求に及んだと陳述した。<証拠省略>

被告等訴訟代理人は請求棄却の判決を求め答弁として原告等の主張事実中その主張の日に原告等所有の各家屋が火災のため焼失したこと同主張(1) 中被告順之助が被告キヨコ方居宅西北方三尺の地点に竃を置き防火壁乃至炊さん用の穴を堀つていなかつたこと及び同主張(5) 中被告キヨコ方と原告等居宅の距離が僅か一尺であつたという点を除くその余の事実はそれぞれ認めるが右以外の主張事実は全部否認する。と述べた。<証拠省略>

理由

昭和二十五年五月五日に発生した火災のため原告権代守衛所有の甲府市春日町十三番地所在木造杉皮葺平家建店舗兼居宅建坪八坪五合及び原告成島久所有の同所同番地所在杉皮葺平家建居宅建坪六坪五合がいずれも全焼したことは本件当事者間に争のない事実である。原告は右火災は被告児玉順之助の重過失に因て生じたものであると主張するので先ず此の点について判断する。

右原告等及び被告キヨコ所有家屋の所在した場所は裏春日通りと俗称され甲府市における最も殷賑な盛り場で建物は文字通り櫛比という密集振りであること及び被告順之助が被告キヨコ方居宅の北西方三尺の地点に竈を置きこれに防火壁若は炊さん用の穴を堀つていなかつたことは当事者間に争がなく成立に争のない甲第一号証同第二号証の二同第三号証の二及び三同第四号証の二乃至六同第五号証の二及び三、同第六号証の二同第七号証の二及び三同第八号証の二及び三同第九号証の二証人篠原あい、同小沢小善治、同武井友定、同権代つまよ(第一回)同成島安子並びに原告本人成島久の各供述を綜合すると火元である被告キヨコ所有家屋の南側は僅か一尺の路地を距てて原告権代所有家屋に近接し更にその西北方に原告成島所有家屋が接続している外その附近一帯は人家が相連なつていたこと、被告順之助は右被告キヨコ所有家屋の階下を使用し福本なる屋号で寿司屋を経営していたが屋内に竈を設備せず右家屋の北西方物置及び鶏舎との間に在る屋外空地に鉄製直径及び高さ約一尺五寸の竈一基を設けこれを使用して平常寿司飯等の炊さんを行つていたこと、右竈と物置鶏舎及び隣家板壁とは近接しておりしかもその附近には建築の残材及びカンナ屑等の燃焼し易きものが多数存在していたこと。被告順之助は従前より右竈の火の不始末につき近隣人から再度に亘つて注意を受けた事実のあること。及び火災当日である昭和二十五年五月五日午後五時頃被告順之助は右竈を使用して寿司飯を炊いたが火の跡始末を十分にしない儘その場を去り附近のパンチンコ屋において遊戯している間に右竈の残火が附近の木屑等に引火して火災となり遂に被告キヨコ所有家屋の一部及び原告等の前掲所有家屋を焼燬するに至つたものであることがそれぞれ認められ他に叙上の認定を左右し得る証拠はない。而して失火の場合と雖も失火者に重大なる過失のある場合には不法行為としての損害賠償義務を免れ得ないのであつてここに重大なる過失とは各場合の事情に従い何人と雖も当然なすべき注意の欠缺を指すものと解すべきところ以上認定の如き環境のもとに可燃物に接着して設けられた竈を使用して焚火する場合には火災の発生を防止するため何人たりともその跡始末を十分に注意すべきことは当然のことであり被告順之助が従前も他より再度に亘り注意を受けた事実があるに拘らず前認定の如く火の跡始末を怠り遊戯に耽つていたことは正に重大なる過失により火を失した場合に該当するから右過失に基く火災に因り原告等が蒙つた損害を賠償すべき義務を負うことは当然である。

仍て損害の額について審究するに証人権代つまよ(第二回)及び原告本人成島久の各供述に依れば右火災のため原告権代は別紙第一目録記載の各物件を焼失しその価格合計金参拾万八千弐百円に相当する損害を又原告成島は同第二目録記載の各物件を焼失しその価格合計金百拾六万四千円に相当する損害を蒙つた事実がそれぞれ認められ他に右認定を覆し得る証拠がない。それならば被告順之助は右損害の賠償として原告等が本訴において請求する金額即ち原告権代に対し金拾万円原告成島に対し金弍拾万円及び右各金額に対する本件訴状到達の日の翌日である昭和二十八年七月五日以降完済に至る迄民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払わなければならない。

次に被告キヨコの賠償責任の有無につき判断するに原告等は被告キヨコは前掲家屋において寿司等の米飯及び酒類提供の飲食業を経営しており被告順之助はその使用人である旨主張しているが証人権代つまよ(第一回)同功刀啓太郎同成島安子並びに原告本人成島久の各供述によつては未だ右事実を肯認するに足りず却て成立に争のない乙第一号証乃至同第四号証証人込山武義同岡宣男同田原武同金子花子同猪狩令子同武井豊久並びに被告本人両名の各供述を綜合すると被告順之助はかねて飲食業の経験があり昭和二十六年五月十四日山梨県知事より飲食店営業の許可を受けていたので昭和二十七年八月頃訴外込山武義の出資を得て娘である被告キヨコ所有の前掲家屋階下において被告順之助営業名義を以て福本なる屋号の寿司等の飲食店を開業し前掲火災当時も女中二名を使用して右営業を継続していたもので被告キヨコは別に右家屋の二階において「ヒロミ」なる名称の美容院を経営しており前記飲食店営業に関しては被告順之助との間に使用者被使用者又は之と類似の関係を有しなかつたことが認められ他に以上の認定を左右し得る証拠がないから被告キヨコが被告順之助の使用者であることを前提とする原告等の主張はその理由がない。

仍て原告等の被告順之助に対する本訴請求は正当として認容せられるが被告キヨコに対する請求は失当として排斥すべきであるから訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条仮執行宣言につき同法第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山孝)

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